公益財団法人日弁連法務研究財団では、平成27年2月28日に御逝去されました元最高裁判所判事・弁護士滝井繁男先生の遺言に基づく活動の一環として、「滝井繁男行政争訟奨励賞」を設置し、行政争訟の活性化の実現のため、優れた研究や顕著なる功績を残した方又は団体を表彰しております。
このたび、令和6年度「滝井繁男行政争訟奨励賞」の受賞者について、下記のとおり決定しましたので、お知らせいたします。
第1 令和6年度「滝井繁男行政争訟奨励賞」受賞者
- 研究部門 津田智成 氏(北海道大学大学院法学研究科准教授)
- 実務部門 優生保護法被害全国弁護団(共同代表 新里宏二弁護士、西村武彦弁護士)
第2 受賞理由
1. 研究部門 津田智成 氏(北海道大学大学院法学研究科准教授)
津田智成氏は、2011年に北海道大学法学部を卒業、2013年に同大学大学院法学研究科修士課程を、2016年に同研究科博士後期課程を修了し、同年3月に北海道大学で博士号(法学)を取得、同大学大学院法学研究科助教を経て、2018年4月から、同研究科准教授を務める若手の行政法研究者である。
津田氏は、主として国家賠償責任法に関する日仏比較法研究に従事し、フランス国家賠償責任法の中核的概念である「役務のフォート」--フォートは、瑕疵と訳されることもあるが、故意や違法性を包含する複雑かつ広範な概念である--について、同概念の形成・変化の過程とともに、その規範構造を明らかにする論文(①「フランス国家賠償責任法の規範構造」)を皮切りに、フランスにおける公務員の対外的賠償責任(個人責任)に関する論文(「公務員の対外的賠償責任に関する試論的考察」)を経て、役務のフォートの判断における具体的基準や考慮要素を考察する重厚かつ長大な論文(②「フランス国家賠償責任法における役務のフォート認定の基準と方法」)を公表している。いずれも、フランスの判例と学説を丹念に整理・分析し、我が国の国家賠償法1条1項の解釈に新たな知見を得るための考察を詳細に施すものである。その他、国家補償法における無過失責任規範や、新型コロナウイルス問題に係る国家補償法上の論点、さらには、裁判官の心証形成に着眼した国家補償の要件論等、研究関心を国家補償法全般に広げた論文等も公表している。
本選考委員会は、以下の理由から、津田氏が滝井繁男行政争訟奨励賞にふさわしいと考える。
フランス国家賠償責任法に関する先行研究は少なくないが、その中核的概念である役務のフォートについての研究は必ずしも十分ではなかったところ、津田氏の研究は、この概念の考察に正面から取り組み、我が国の国家賠償法研究に新たな考察視角を提供する。
論文①は、役務のフォートに関し、判例・学説の経緯を分析することで、その規範構造を検討し、役務のフォートが、基本的に自己責任的法律構成を導く概念であるものの、国家賠償責任が問われる類型の多様化に伴い、代位責任的法律構成をも可能にする柔軟な概念であることを明らかにした。
論文②は、フランスにおいて、役務のフォートに関する判例・学説を、行為不法責任か結果不法責任かという観点から丁寧に整理・分析・考察する。その成果として、フランスの判例は、行為不法説的解釈を基本としつつ、近年では、実質的に結果不法説的解釈に通ずる解釈が登場しているとの分析を踏まえ、役務のフォート概念は、現代国家における行為規範の高度化に柔軟に対応し得る弾力性を有していることを明らかにした上で、行為不法説的解釈のみでは、現実に即した解決を実現する役務のフォート概念の解釈ができないと喝破する。また、フランスの判例では、行政に課せられる義務の程度・範囲が決して一律のものではなく、事案ごとに一定の軽重や広狭があり、この点が、結果不法的要素の考慮と密接な関連性を有していることを踏まえ、我が国の判例分析においても、「職務上の(注意)義務」の程度や、行為規範措定における結果不法的要素の考慮の在り方に関心を向けることが重要であると説く。その上で、フランス法分析から得られた知見に基づく視角から我が国の判例を詳細に分析し、総合考慮型の理論としての職務行為基準説では、黙示的に結果不法的要素が考慮されている可能性があるとし、かかる考慮の在り方次第では、違法性同一説との対立が実質的に緩和され得ること、権限規範とは区別された国家賠償法独自の行為規範を観念する職務行為基準説においては、時代的制約等から権限規範が必ずしも保護を想定していたとはみなし難い権利・法益の保護を実現する解釈を可能ならしめるポテンシャルを胚胎することを指摘しつつ、しかし、現在の裁判実務においては、総合考慮あるいは利益衡量が実際上ブラックボックス化している点を批判する。
本選考委員会としては、津田氏が、これまでの研究において、国家賠償法の基礎理論を踏まえつつ、新たな考察視角を具体的に提言してきたことを踏まえ、今後において、日仏国家補償法全般にわたる総合的・体系的な研究を進め、我が国における立法論・解釈論の両面における新たな提言を今後も継続していくことを期待したい。
以上から、津田氏は、「行政法の基礎理論や立法論・解釈論に関する論稿において、優れた着想や分析を示す成果を発表し、今後の行政争訟等の発展と国民の権利救済に寄与する活躍が期待される若手の研究者」に該当し、本賞の受賞者にふさわしいものと考える。
2. 実務部門 優生保護法被害全国弁護団(共同代表 新里宏二弁護士、西村武彦弁護士)
旧優生保護法に基づく国の誤った施策によって、昭和23年から平成8年までの約半世紀にわたり、少なくとも2万5千人もの人々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に不妊手術を受け、その結果、生殖能力を失うという極めて重大な被害を受けてきた。この被害回復のために各地で弁護団が結成され、国賠訴訟が提起されたが、その要の役割を果たしたのが、優生保護法被害全国弁護団(以下「全国弁護団」という。)である。平成30年1月、まず、仙台で第1次提訴がなされ、同年5月、札幌、仙台、東京での第2次提訴がこれに続いた。このことをきっかけとして、これらの地域の弁護団のみならず全国的な規模で弁護士が参加する全国弁護団が結成され、参加した弁護士らは、各地において電話相談を実施するなどして、潜在する被害の救済に努めた。
国賠訴訟は、全国11の裁判所において、39名の原告らにより提起された。当初、国が主張する改正前民法724条後段の期間の経過を理由とする請求棄却判決が相次ぎ、仙台での第1次提訴、第2次提訴の控訴審判決(仙台高判令和3年6月1日)も原告の請求を認めなかった。これに対し、令和4年2月22日の大阪高裁判決は、「控訴人らについて、除斥期間の適用をそのまま認めることは、著しく正義・公平の理念に反するというべきであ」るとし、除斥期間の適用を制限して、国に損害賠償を命じ、その後、この判決と同じく除斥期間の適用を制限する高裁判決がなされることとなった。高裁の判断が分かれる中、令和6年7月3日、札幌、仙台、東京、大阪、兵庫の各弁護団は、国の損害賠償責任を認める最高裁大法廷判決を勝ち取った。
まず、改正前民法724条後段の規定の適用については、先例である平成元年12月21日最高裁第一小法廷判決 (以下「平成元年判決」という。)は、これを損害賠償請求権の除斥期間を定めたものとし、除斥期間経過後に提起された訴えについては、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきであって、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるとの主張は、主張自体失当であると判示した。
これに対して、本大法廷判決は、この規定を除斥期間を定めたものとしつつ、裁判所が除斥期間の経過により請求権が消滅したと判断するためには当事者の主張が必要であるとし、平成元年判決を変更し、正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所が除斥期間の主張を信義則違反又は権利濫用として排斥することを可能とした。この判例は、本件同様に、長期にわたり国が行った誤った立法や施策により被害を受けた人々、被害を受けながら十分な情報が与えられないまま放置されてきた人々に、権利救済の途を拓くものであり、大きな意義があるものといえる。
また、本大法廷判決は、旧優生保護法の立法目的について、憲法13条が保障する個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反するものであり、同条に違反するとし、特定の疾病や障害を有する者などを対象とする不妊手術を定めた優生条項は、合理的な根拠に基づかない差別的取扱いに当たり、憲法14条に違反するとした。このように、立法目的が拠って立った優生思想そのものを否定し、これがもたらしてきた偏見や差別を排除するという点においても大きな意義を有する。
のみならず、全国弁護団は、優生保護法被害全国原告団、優生保護法問題の全面解決をめざす全国連絡会(優生連)とともに国との間で、国の責任と謝罪を明確にし、全ての被害者に対する補償の実現のため、①相談窓口の整備、合理的配慮及び情報保障の徹底、②広報及び周知の徹底、③個別通知を含め、被害者に対し確実に補償を届けるための施策の検討及び実施等について国が全力を尽くす旨の基本合意を、勝訴判決の後3か月足らずの間に締結し、その約1か月後、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者等に対する補償金等の支給等に関する法律」成立へつなげたことは、弁護団、原告団、支援団体の連携、熱意、そして努力の賜物というほかない。本件の被害がプライバシーの根幹に関わるものであり、提訴をためらう多くの被害者が潜在すること、被害者が高齢化していることを考えれば、あまねく被害者に対し、一日も早い権利救済を実現することの意義は極めて大きい。
以上により、全国弁護団は、本賞の受賞対象である「行政争訟等に関する法律実務において、従前の判例や取扱いの変更を勝ち取るなど、法律実務の改善に顕著なる功績を残し、行政争訟等の発展と国民の権利救済に寄与したと認められる者又は団体」に該当する。